最高裁判所第二小法廷 昭和25年(れ)1375号 判決 1951年4月27日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役六月に処する。
第一審における未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入する。
押収にかかる木炭出荷指図書一枚(証一号)、ゴム丸印一個(証三号)、水牛製認印一個(証四号)、複写用骨筆一本(証五号)はこれを没収する。
理由
弁護人保坂治喜の上告趣意第一点について。
原判決は被告人が兵庫県農業会名義を冒用して、判示木炭出荷指図書一通(証一号)を偽造し、情を知らない長谷川利一をしてこれを行使せしめた事実を確定し、これに対し刑法一五五条、同一五八条の公文書偽造、同行使の罪に関する規定を適用したことは所論のとおりである
そこで、県農業会の作成すべき判示出荷指図書は果して原判示のごとく刑法にいわゆる公文書に該当するかどうかが問題になる。
県農業会の職員が刑法にいわゆる公務員に該当しないことは「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」二条の規定の趣旨から理解することができる。今同法をみるに、二条は同法所定の「会社若ハ組合又ハ此等ニ準ズルモノニシテ別表乙号ニ掲グルモノノ役員其ノ他ノ職員」について、涜職罪に関する罰則を規定し、右別表乙号には「二二」として県農業会が掲げられているのであるが、若し県農業会の職員が公務員ならば、刑法の涜職罪の規定が当然に適用せられるのであってかかる同罪に関する特則を設ける必要はない。もとより、これらの職員に対して、特に法定刑を軽減するの趣旨を以て刑法涜職罪の規定に対する右のごとき特則が定められたものとは、右「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」制定の趣旨からして、到底考えられない。さらに、同法一条の規定と対比して見ると、同条は別表甲号に掲げる経済団体の「役員其ノ他ノ職員ハ罰則ノ適用ニ付テハ之ヲ法令ニ依リ公務ニ従事スル職員ト看做ス」旨を規定しているが同二条には、かかる規定は存在しない。すなわち以上各規定の趣旨からみれば、右別表甲号、乙号掲記の経済団体の職員はいずれも本来の意義における公務員ではないのであるが、ただ甲号団体の職員に限って罰則の適用については公務員とみなされるに過ぎないことがわかる。従って、本件農業会のごとき乙号掲記の団体の職員は、もとより公務員でなく、又公務員とみなされるものでもなく、ただ同法二条の涜職罪の規定の適用を受けるに止まるものというべきである。その他に右県農業会の職員を以て「法令ニ依リ公務ニ従事スル職員」と解すべき何らの法規上の根拠はないのであるから従って県農業会は、これを公務所と解すべきでなく、その作成すべき出荷指図書のごときは公文書たる性質を有しないものと解すべきである。
しからば、前記被告人の所為に対して、公文書偽造行使の罪に関する規定を適用処断した原判決は法律の適用を誤ったものであって論旨は理由あり、原判決はこの点において破棄を免れないものである。
同第二点について。
(一)原判決は、判示第二において、被告人が判示のごとく長谷川政次を欺罔して金二万円を騙取した事実を認定し、その第三においては、右長谷川政次から木炭の引渡を催促されその措置に窮した結果判示のごとく西谷村農業会係員を欺罔して木炭一六三俵を、長谷川政次の長男長谷川利一に交付せしめてこれを騙取した事実を認定したのであって、右二個の詐欺が別個に独立して成り立つことは、原判文上極めて明瞭であり、第三の詐欺により、長谷川利一をして、木炭の交付を受けしめた事実があるからといって、前示第二の詐欺が後になって犯罪の成立を阻却されるものと解すべき根拠はないのであるからこの点に関する論旨は理由がない。
その他原判決挙示の証拠によれば、原判示第一、第二の詐欺の事実を認めることができるのであるから、この点に関する論旨もまた採用することはできない(同弁護人が法定の期間経過後に提出した上告趣意追加補充書に対しては説明しない)。
よって旧刑訴四四七条により原判決を破棄した上、同法四四八条により原判決の確定した事実に法律を適用すれば、被告人の所為のうち詐欺の点は各刑法二四六条一項に、木炭出荷指図書偽造の点は同法一五九条一項に、同行使の点は同法一六一条一項、一五九条一項に該当するところ、右出荷指図書の偽造、同行使と原判決判示第三の詐欺との間には順次手段結果の関係があるから同法五四条一項後段、一〇条を適用し最も重い詐欺罪の刑に従い、以上三個の罪は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情最も重いと認める判示第三の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期の範囲内において被告人を懲役六月に処する。なお、刑法二一条に則り第一審における未決勾留日数のうち三〇日を右本刑に算入すべく、押収にかかる木炭出荷指図書一枚(証一号)は私文書偽造によって生じた物で何人の所有をも許さないのであり、ゴム丸印一個(証三号)、水牛製認印一個(証四号)、複写用骨筆一本(証五号)はいずれも判示第三の文書偽造の用に供せられた物であって、被告人以外の者の所有に属しないから、いずれも同法一九条一項三号、二号、二項によりこれを没収する。
以上は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)